早く有効な手を打って!

    • 投稿者:一市民
    •  作業員の被爆が明らかにされて、原子力発電所の事故はいよいよ深刻な事態を迎えました。国もようやく周辺地域の住民に対する避難を本格化させるようですが、対応が遅く、話になりません。自然災害は時間の経過とともに復興が進みますが、原発事故による1号機から6号機まで放射能の流失は日増しに大きくなっているように見え、東日本一帯の環境汚染によって日本は崩壊するのではないかとさえ思えます。損傷の程度や放射能漏れに関する正確な情報と事故処理の見通しが一向に明らかにされないままでは住民の不安は募るばかりです。私の娘夫婦は孫と一緒に茨城県に住んでおり、とても心配しております。この先、どうなるのでしょうか。
    • 投稿日: 2011年3月25日
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  • 「想定外」の事態への対応が指導者の価値を決します

    • 投稿者:園山 繁
    •  ご指摘の事案については、関係者の皆様のご心配はいかばかりかと、に心からお見舞い申し上げます。震災から2週間が経過しましたが、なお、被害の全容把握がされておらず、必ずしも的確な対応がされていないことを残念に思います。「想定外」の地震と津波という事態には、法令やマニュアルを超えた判断や対処が必要です。危機に臨んで、指導者が心すべきは全容の把握と、時々刻々と変化する事態に対応し、即断・即決するために必要な現場情報の伝達体制の確立です。原発事故と震災被害の復旧は、最大かつ緊急の国家的な問題であり、何よりも、徹底した情報開示と先手先手の対処を求めたいと思います。
      なお、自民党青年局中央常任委員会議長で、宮城県女川町で被災した須田義明宮城県議会議員が、避難所から発信した震災ブログをご一読下さい。

      バッテリーが復旧したモバイルから打っています。
      またしばらく書けないと思いますが、
      今の思いを記しておきたいと思いました。

      我が町の八割が壊滅しました。
      もう我が家もありません。
      もう二度と会えなくなった親戚・友人・知人も大勢います。
      それでも、残った人々はあるべきはずの平穏と復興を願い、
      今それぞれが出来ることを、と帰る場所も働く場所も無くなった、
      物資の供給もままならない想像を絶する過酷な状況下で
      「もっと大変な人達だっているはずだ」と、
      耐えながら力を寄せ合い生きています。
      今を精一杯生きることが未来に繋がると信じて。
      私もその一人です。
      自らの役割として被災者の皆さんを励ますことも大切ですが、
      それ以上に、多くの人々の明日に繋がるなにかを、
      と支援を得るために東奔西走しています。

      幸いに大きな被害を免れた地域でも日常が変わりました。
      長蛇の列が並ぶ空かない店舗や断水した住宅街の給水車等々。
      「なぜこんなにも行列ができるのだろう?」
      「被災地にすら給水車が来ないのに」
      「帰る家もあってそこには明日の食料ぐらいあるはずなのに」
      率直にそう思ったし、その理不尽さを恨めしくも思いました。
      災害取材のためにホテルを借りきった報道機関もあります。
      「彼らの部屋数の分だけ、家を失った人々に
       少しでもベッドの温もりを与えられるだろうに」
      と思わずには正直いられませんでした。
      でも、仕方のないことだし、嘆いてもしょうがない、
      当然のことなんだろうと思います。
      それぞれが生活を維持するのに懸命なのですから。
      そこに、帰る家があるとかないとか関係ないのです。
      それが、たまたまどこにいたか、住んでいたかの違いでしかない。
      私だってあの日の行き先が違えばどうなっていたかわかりません。
      明日を生活するのに必死か、今を生きることに必死か、
      恐らくその違いでしかありません。
      ついこの間まで身近にあった平穏を皆が取り戻すためには
      被災地も、そうでないところも元気になっていかなくてはならない。
      だからこそ、今、ちょっとずつの我慢が必要なのだと思います。

      県道沿いの、とある地区では自衛隊をはじめ行き交う支援車両に向かって
      子供たちが大きく手書きで
      「ありがとう!感謝!」
      と書いた段ボールを掲げて手を振っていました。
      涙が止まりませんでした。

      遠く北海道岩見沢から徹夜で運転して物資を運んでくれた仲間がいます。
      「宮城を助けたい」と群馬から夜通し走って水を届けてくれた方もいます。
      本当に頭が下がります。
      支援にいきたいけど油もなく動けない、という方々が
      大勢いるのも知っています。

      だからこそ
      「今の自分より大変な状況にある人がいる」
      と思って、1億2000万人がちょっとずつの我慢が出来れば、
      今一番困っている人を助けられるはず。

      どうか皆さんのちょっとずつの我慢を私たちにください。
      有形無形の我慢を私たちにください。
      それが私たち被災者の大きな励みと助けになるはずだから。

      皆さんの力を貸して欲しい。
      そう思います。

      顔を上げ、前を向いて歩んでいきます。
      ありふれた日常を皆で取り戻すために。
      それではまた。





      【3月24日 追記】
      怒りを通り越して情けないやらあきれるやら…。
      被災地では未だ新聞もろくに読めない状況だが、
      こんなことがあったとは。
      あの晩にぐっすり寝た奴がいて堪るか。
      今だってあの日以来不眠不休で戦っている方が大勢いる。
      絶対に許せない。
      コイツらに国が守れるわけもないしその資格もない。


       政府の代表として宮城県を訪れた東祥三内閣府副大臣(防災担当)が12日朝、上空からヘリで被災地を視察した際、居眠りをしていたとして、同乗した同県関係者から「眼下で多くの県民の命が失われているのに、どういうつもりか」と怒りの声が上がっている。

       11日夜に宮城県入りした東副大臣は12日午前7時、仙台市の陸上自衛隊基地からヘリコプターに乗り込み、宮城県亘理町から岩手県釜石市まで2時間半にわたって三陸沿岸部を視察した。宮城県の村井嘉浩知事や市村浩一郎国土交通政務官を含む約20人も同乗した。宮城県関係者によると、上空から見た沿岸地域はほとんどの民家が流され、「どの場所も口では言い表せない惨状だった」にもかかわらず、東副大臣は顔をうつむかせ寝ていたという。

       読売新聞の取材に対し、東副大臣は「熟睡したわけではない。座った時にうとうとした」と眠っていたことを認めた上で、「あってはならないが、地震発生後から睡眠をとっていないという事情もある」と釈明した。(2011年3月13日09時06分 読売新聞)



 


 

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