東日本大震災で被災した須田善明宮城県議会議員のプログを紹介します

- 須田議員は自民党青年局中央常任委員会議長で、「皆さん、少しの我慢を私たちに下さい」と書いています -

 我が町の八割が壊滅しました。もう我が家もありません。もう二度と会えなくなった親戚・友人・知人も大勢います。それでも、残った人々はあるべきはずの平穏と復興を願い、今それぞれが出来ることを、と帰る場所も働く場所も無くなった、物資の供給もままならない想像を絶する過酷な状況下で「もっと大変な人達だっているはずだ」と、耐えながら力を寄せ合い生きています。
 今を精一杯生きることが未来に繋がると信じて。
  (中略)
 ついこの間まで身近にあった平穏を皆が取り戻すためには、被災地も、そうでないところも元気になっていかなくてはならない。だからこそ、今、ちょっとずつの我慢が必要なのだと思います。
 県道沿いの、とある地区では自衛隊をはじめ行き交う支援車両に向かって子供たちが大きく手書きで「ありがとう!感謝!」と書いた段ボールを掲げて手を振っていました。涙が止まりませんでした。

 遠く北海道岩見沢から徹夜で運転して物資を運んでくれた仲間がいます。「宮城を助けたい」と群馬から夜通し走って水を届けてくれた方もいます。本当に頭が下がります。支援にいきたいけど油もなく動けない、という方々が大勢いるのも知っています。だからこそ「今の自分より大変な状況にある人がいる」と思って、1億2000万人がちょっとずつの我慢が出来れば、今一番困っている人を助けられるはず。どうか皆さんのちょっとずつの我慢を私たちにください。有形無形の我慢を私たちにください。それが私たち被災者の大きな励みと助けになるはずだから。皆さんの力を貸して欲しい。そう思います。顔を上げ、前を向いて歩んでいきます。ありふれた日常を皆で取り戻すために。それではまた。【3月24日】

【追記】
 怒りを通り越して情けないやらあきれるやら…。被災地では未だ新聞もろくに読めない状況だが、こんなことがあったとは。
 あの晩にぐっすり寝た奴がいて堪るか。今だってあの日以来不眠不休で戦っている方が大勢いる。
絶対に許せない。コイツらに国が守れるわけもないしその資格もない。

 政府の代表として宮城県を訪れた東祥三内閣府副大臣(防災担当)が12日朝、上空からヘリで被災地を視察した際、居眠りをしていたとして、同乗した同県関係者から「眼下で多くの県民の命が失われているのに、どういうつもりか」と怒りの声が上がっている。
 11日夜に宮城県入りした東副大臣は12日午前7時、仙台市の陸上自衛隊基地からヘリコプターに乗り込み、宮城県亘理町から岩手県釜石市まで2時間半にわたって三陸沿岸部を視察した。宮城県の村井嘉浩知事や市村浩一郎国土交通政務官を含む約20人も同乗した。宮城県関係者によると、上空から見た沿岸地域はほとんどの民家が流され、「どの場所も口では言い表せない惨状だった」にもかかわらず、東副大臣は顔をうつむかせ寝ていたという。
 読売新聞の取材に対し、東副大臣は「熟睡したわけではない。座った時にうとうとした」と眠っていたことを認めた上で、「あってはならないが、地震発生後から睡眠をとっていないという事情もある」と釈明した。(読売新聞)



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